私は天使なんかじゃない
こんなものじゃない
護るべきもの。
それは誰にでもある。
石油資源の枯渇した世界。
各国は代替エネルギーを核にシフトするものの、それがすぐさま可能というわけではなく、移行の為の時間が必要であり、その為世界は混乱していた。
枯渇したならば残っているところから取ればいい。
それが戦争の始まりだった。
2066年。冬。
中国軍は突如としてアラスカ州アンカレッジに侵攻、電撃的に石油プラント及び周辺を制圧。
同年、強固な防衛線を展開。
大型の固定砲台を建設し、建設用の重機を現地の材料や武器で改造してキメラタンクという兵器を作り、人海戦術でアンカレッジを要塞化した。
侵攻作戦を練り計画的に侵攻した中国軍とは違い、アメリカ軍は議会の混乱もありすぐさま反攻作戦には転じれなかった。
繰り返される小競り合い。
一進一退。
中国側の支配地域に潜入するために合衆国パラシュート部隊を投入するものの対空砲火により部隊は全滅。
……。
……たった2人を除いて。
生き残ったパターソン大尉とベンジャミン・モントゴメリー軍曹は固定砲台を爆破。最大の援護の無くなった前線の中国軍は突出し、孤立し、取り残される形となり敗走。
これにより戦局は傾く。
展開していたアメリカ陸軍の司令官チェイス将軍は新たにパターソン特別攻撃部隊を編成、この部隊を基軸に反攻作戦を実行。さらに議会が徹底抗戦を掲げるエンクレイブ系(強硬論を
持つタカ派たち。大統領や閣僚、将軍といった国家の中枢人物がメンバーな為、影の政府状態)が完全に牛耳った為、アンカレッジに精鋭部隊が投入される。
当時最新であり実質最後の量産型パワーアーマーのT-51bを装備した精鋭部隊。
勢いを得たアメリカ軍は戦線を押し返す。
そして石油プラントに指令本部を設置していた中国軍司令官のジンウェイ将軍は同施設にまで攻め込まれ敗戦を知り、自殺。
アンカレッジは奪還された。
しかしこれで終わりではなかった。
石油資源の奪い合いから端を発したこの戦いは全面核戦争にまで発展するこことなる。
2077年。10月23日。
記録ではどちらか先に発射したか不明ではあるが、この日全面核戦争が勃発。
報復に次ぐ報復。
人類は保有する核を使い徹底的に破壊を繰り返した。
この日、世界は滅んだ。
2277年。8月17日。
ボルト101から脱走者が出た。
後に赤毛の冒険者と呼ばれる、1人の少女。
歴史から見たらちっぽけな存在でしかなかったこの少女は、自身が意図したわけではないものの荒廃したキャピタル・ウェイストランドの勢力をまとめ上げた。
遠いピットとも実質的な同盟関係を築いた。
アメリカの権威復権を掲げるエンクレイブと戦い、ウェイストランドの独立を名実ともに宣言した。
そして……。
「脳震盪だな。もういいはずだ、動けるだろ?」
「ああ」
頭を振る。
まだ痛むが、さっきよりはマシだ。
目の前には医者。
……。
……たぶん医者だ。
「ブッチに感謝しろよ。あいつがあんたを運んできてくれたんだ。こっちに押し付けて、いなくなっちまったがな。まあ、それは別にいいんだが。医者はこっちの本職だし」
ここはどこだ?
病院にしてはやたらと汚い。滅菌?何だそれは、という感じだ。野戦病院の方がまだマシだ。
くそ。
頭が痛い。
さっきまでパターソン大尉が一緒にいたような気がするが、たぶん夢だろう、大尉は宇宙船に居残るとか言ってたが、ああ、夢だな、しかしここはどこだ?
戦勝パーティーで大尉と俺の手柄を横取りにしたチェイス将軍を2人で殴って……酔ってたんだ、不可抗力ってもんだ……それで銃殺刑になりかけたから2人して逃げて、それから
どうしたっけ、ああ、妙な光に包まれたと思ったら、ここは宇宙船の中よと少女に言われたような。確か衛生兵のターコリエンもいたな。
解凍されたばっかりだけど具合はどうとか言われた。
性質の悪い夢だ。
とはいえ現実である俺はどこにいるんだ?
「まさかここは軍刑務所か何かか?」
「お前失礼な奴だな。ここはれっきとした病院だ。で? お前さんの名前は? 珍しい色のコンバットアーマーだが、どこの傭兵だ?」
「珍しいだって?」
こいつは冬季仕様のコンバットアーマーで、色は白。
珍しいとなるとここの緯度は南になるのか?
「白い色は汚れやすいからな。戦前と違って色を維持するのは面倒だ、だから敢えて白にする奴なんていない。で、どこの傭兵だ? 大抵パーソナルカラーを持ってるもんだが白い色
の傭兵は知らんな。売出し中の新米傭兵か何かか?」
「礼儀ってもんを知らんようだ」
俺が傭兵だって?
エリートが配属される合衆国パラシュート部隊に所属し、その後はパターソン特別攻撃部隊の副隊長の俺を傭兵だって?
勘違いも甚だしいぜ。
「そっくりそのまま返すよ。助けてもらって名乗らない奴に、礼儀知らずと言われるとはな」
「失礼した。パターソン特別攻撃部隊所属ベンジャミン・モントゴメリー軍曹だ、Dr」
「軍曹だって」
医者は顔をしかめる。
何か失礼なことを言ったか?
「あんたタロン社かエンクレイブか?」
「タロン社が何かは知らんが、それとは関係ない。エンクレイブ……ああ、影の政府か、都市伝説だろ、それは。俺はアメリカ軍所属だ」
「アメリカ軍、ああ、規模こそ違えどあんたもタロン社と同じ軍隊ごっこか。理解はできるよ、階級付けて名乗れば楽しいからな」
「……?」
行っている意味が分からんが医者から敵意が消えた。
それから彼は声を潜める。
「一応言っとくがあんまり階級遊びはしない方がいいぞ。軍曹とか言わん方がいい」
「何で?」
「何で、ああ、あんた旅人か。エンクレイブ侵攻を知らないのか。軍隊ごっことか階級ごっこしてると連中と間違われて、最悪殺されちまうぞ」
「言ってる意味が分からんが了解した」
軍隊アレルギーがあるのか、ここは。
袋叩きはごめんだ。
「ところでDr、ここはどこだ?」
「メガトンだ」
「メガトン」
「……まさかあんたもグリン・フィスと同じか? 赤毛の嬢ちゃんの仲間と同じで、シロディールとかアカヴァル大陸とかいう人種か?」
「ところどころ意味が分からんな、アメリカなんだろ、ここ」
「ふむ。そうだよ。多少毛色が違うようだな。とはいえあいつ同様にチンプンカンプンなところはあるようだが」
「ところで今は何日だ?」
メガトンがどこかは知らんが気候的に寒くない。室内とはいえ寒くない。
空調?
そんなものはなさそうだ。
となると体感しているのは自然な気候だろう。
寒いというより暑い。
アンカレッジではなさそうだ。
どこをどうやって逃げて、パターソン大尉はどうなったかは知らないがね今、俺は謎の街メガトンにいる。日時を聞けばチェイスをぶっ飛ばしてからここまで逃げた大体の距離も分かる。
そしたらメガトンがどこに地域にあるのかも分かる。
「今日は2月2日だな。2278年だ」
「……すまんよく聞こえなかった。もう一度頼む」
「2278年2月2日」
「2066年の間違いだろ?」
「やっぱりグリン・フィスの同類だな。しかし200年の誤差は少し問題があるぞ。まさか核戦争も知らないのか? まあ、そんなことはないか」
「核戦争だとっ!」
「うるさいな、急に叫ぶな」
考えろ。
考えろ。
考えろ。
この性質の悪いジョークから逃れる方法を……いや、まて、確か夢の中の宇宙船ではルーキーのターコリエンが同じようなことを言ってたな。他にいた連中も同じようなことを
言ってた。だからパターソン大尉は残ると。あれが夢じゃないとしたら、クソ、俺は何だってこんな世界に来ちまったんだっ!
全部夢か?
……。
……いや。頭がこんなに痛いんだ、痛みを感じてるんだ、気には食わないがこれは現実だろう。
胸糞悪い現実ではあるが。
じゃあ何か、俺は宇宙人のクソッタレに2066年にチェイスから逃げている間に大尉と誘拐され、氷漬けにされ、200年後に解凍されたってのか?
何て手の込んだ悪いジョークだ。
「おい、大丈夫か?」
「Dr」
「何だ?」
「戦争はどっちが勝ったんだ? その、昔の戦争だ。中国との」
「何故気にする? あー、そうか、あんた歴史を調べてるのか。それで旅してここに来たのか。今の時代、なかなか奇特な奴だな。戦争の結果か? 外が全てさ」
医者は立ち上がり、扉を開いた。
出入り口。
外と通じる扉。
外の様子が視界に入ると俺は思わずその場に崩れそうになった。それでもゆっくりと外に向かって歩き、外に出る。
何だこの廃墟は?
何だこの空の色は?
残骸に人々は住み、空は煤けた色をしている。
「違うっ!」
俺は思わず叫んだ。
無意識の内の、本能的な叫びだ。俺は、俺たちは、こんな世界にするために命を懸けてたんじゃないっ!
「……違う……」
どさ。
思わずその場に腰を下ろす。
最悪だ、この世界。
医者は俺の落胆に気付かないのか、敢えて無視しているのか、腕組みして隣に立っている。そして言った。
「しぶといよな、人間」
「……」
「敵も味方も世界も、全て核で吹き飛ぼうが人はこうして生きてる。昔はそんなでもなかった、絶望しかなかったよ、だが赤毛の嬢ちゃんが来てから全ては変わった。いや我々も変えよう
としている。あんたがどこから来たかは知らんよ、だけどな、ここは、キャピタル・ウェイストランドは故郷だ。それを護る覚悟は皆あるのさ。昔と違い、今はな」
「アメリカがなくなったのにか?」
「そいつは入れ物だ」
「どういうことだ?」
「あれから200年だ。エンクレイブは再びアメリカの名を掲げてる。だがな、あんた、実際のところ別に今更アメリカである必要はないんだ。連中の意向に従う義理はないんだよ」
「……」
「悪いがここは病院であってホテルじゃないんだ。あんたは退院だ。ベッドの空きは常に一杯一杯なんでな、悪いが、出てってくれ」
「ああ。世話になった。いくらだ?」
「ブッチ、あんたを運んでくれた奴が昼飯をデリバリーしてくれる約束になってる。そいつが代金だ。あいつの奢りだよ、だからあんたは気にしないでいい」
「そうか」
駄目だ。
頭が現実に追いついていかない。
「で、あんた、どこに行くんだ」
「ちょっと世界を見て回れりたい。俺を助けてくれた奴に会ったら、悪いけど、こう言っておいてくれ」
「何て言う?」
「助けなくてよかったと」
メガトンと呼ばれた街から俺は北東に移動している。
道伝いに。
どこに行く?
さあな。
タクシーでも来たら行先を言うんだが……あいにく車はさっきから見ていない。着慣れているはずのコンバットアーマーと背負い慣れているアサルトライフルが今日は異様に重い。
幻滅感が俺を襲う。
この地にあるのは廃墟、瓦礫、残骸、そういった代物だけだ。
いわゆる最悪ってやつだ。
宛もなく歩いていると農場が見えてきた。
農場、たぶん、農場だ。
半ば崩壊している穀物を収めるサイロと骨組みだけになった建物が見える。そしてそこにはみすぼらしい服を着た連中が息を潜めて見ている。
俺を?
いや、道で銃火器を振り回している連中を。
タイヤの廃材とかで作ったのか、妙な服装をした連中がいる。数は8人。そいつらは10oピストルやショットガン、そして何故かビリヤードのキューで武装していた。
ごろつきか?
まあ、少なくともまともな連中ではないな。
俺や農場跡にいる連中に気付いていないのか、気付いているが物を奪うのに忙しいのか分からんが全く注意を払っていない。
2つ頭のある、ウシか?
それが地面に横たわり、3人の男女……男、男、女……は服を脱がされ、武器を奪われ、地面に転がっている。生きているようには見えない。掠奪者たちの目的は牛の曳いていたと
思われる荷車で、そこにある無数の木箱に詰まったペットボトルを引き抜いては飲んだり、頭から被ったりしている。
水か?
酒か?
「ひゃっはーっ! これであたいたちも金持ちだねーっ!」
「アクアピューラうめぇーっ!」
「お前らに無駄遣いは程々にな。こいつをあのグールに売れば一攫千金なんだからな。1本100キャップなんて法外な値が付くんだからなっ!」
盗賊か、こいつら。
背負っていたアサルトライフルを手に取り、照準を合わせる。躊躇わず引き金を引く。
バリバリバリ。
弾丸を浴びた盗賊たちが呆気なく吹き飛ぶ。
「武器を捨てて降伏しろっ! さもないと撃つぞっ!」
撃ってるけどな。
あいにく内地の警察ではないんだ、俺は軍人だ、脅威の無力化の為に撃つことは躊躇わない。盗賊の残りは3人。振り返って連中は武器を構え、そして銃声が響く。
穴が開く2人の頭。
撃ったのは俺じゃない。農場跡にいた1人だ。ぼろぼろの布きれで顔を覆い、体はローブのようなものを着ている。男なんだか女なんだか。
モーゼル型の銃から硝煙が立ち上っている。
最後に残った盗賊は媚びたような顔をした。
「よ、よぉ」
「ああ。よぉ、元気か?」
「お、お蔭様でな。ところで……撃ったりしねぇよな? というか撃たない方がいいぞ? 俺なら、この水の活かし方を知ってる。こいつを1本100キャップで買うグールを知ってるんだよ」
ばぁん。
それがそいつの最後の言葉だった。
モーゼルを持った奴が平然と撃った。そいつは銃を片手に、何か地面な置いてあったものを引っ掴んでこちらに来る。地面に置いてあったものはクロスボウのような代物だ。何か車の
玩具みたいなのがくっ付いてたり親しありあわせの代物が使われているようだからお手製か。それを背負い、ナップを背負い、こちらに来る。
「……」
「……」
お互いに数歩の距離となる。
不意打ちが来るのか?
「ねぇ」
女の声だった。
「ねぇ」
「何だ?」
「リベットの給水部隊は全滅したしレイダーもいなくなった。水は全員で山分けってことにしない?」
「山分け? あんた誰だ?」
「そっちが先に名乗って」
「ベンジャミン・モントゴメリー軍曹だ」
「……エンクレイブ」
女は一歩下がる。
ああ。
Drが階級は言うなと言ってたな。
「違う。それとは関係ない」
「タロン社?」
「それとも関係ない」
「まあ、いい。エンクレイブでないならね」
そう言って女は3本ほどペットボトルを木箱から取り出して、こちらに手渡した。
「何だ?」
「そっちの取り分よ。あたしも3本貰う。あとはあいつらが勝手に分ける」
あいつら、農場跡でこちらの様子を伺っている連中だ。
「あんたの仲間か?」
「休憩してただけ、連中が屯している場所でね。赤毛の冒険者がキャピタルを救ったから、今まで地下とか廃墟で暮らしてた連中が這い出してきてるのよ。とはいえいきなり生活基盤が
できるわけじゃないからね、ああやって群れてる。助け合ったり、酷い連中になるとレイダーになったり。あいつらはお零れ狙いだから、まあ、善良ね。ジャンク品の売買したり前向きだし」
「ジャンク、ああ、そのボウガンはやっぱりお手製か」
「ダーツガンよ。手先はこれでも器用なの」
「あんたの名前は聞いてなかったな」
「あたし? ……やめとくわ、胡散臭い軍曹さん」
自分の分の取り分のペットボトルを手にして女は歩き出した。メガトンの方向だ。実際にはどこに行くかは知らないが。
農場跡の連中がこちらを伺ってる。
俺は銃を背負う。
「好きにしていい」
その言葉に連中は沸き立つが俺が立ち去るまでその場を動かなかった。歩き去ってから振り返る。水に連中が群がってる。牛みたいなのを農場跡に引き摺っているのも見えた。
解体して食うのだろうか。
俺は歩く。
歩き続ける。
あれだけうるさかった車の音も、雑踏も、様々な言語が飛び交う街の喧騒も、ここにはない。何もない。
違う。
俺たちが護りたかったのはこんなものじゃない。こんな世界にするために戦ってたわけじゃない。
かつて聞こえていた音はここにはもうない。
別の星に降り立った気分だ。
いったい誰がこんな世界にしちまったんだ?